1 眠り王子
――ふふっ。
僕は堪らず笑いを零してしまった。
あっ、いけないいけない。
これ以上笑い声が漏れてしまわないように、自分の口を塞いで、本棚の陰からそっと眺めた。暖かな日差しが落ちる窓際で、気持ちよさそうに眠る王子様を。
2年D組に在籍する彼、王寺永(おうじはるか)君は僕の同級生。王子様と言われる所以は、この苗字だ。
けど、心配しないで。彼はこの名前でからかわれているわけじゃないよ。
なんてったって、彼は格好よくて、高身長、テストでは毎回好成績、という3Kの持ち主。オウジサマと言う響きにぴったりな皆の人気者なんだから。
外見は金髪碧眼の穏やかな優男じゃなくて、黒髪黒瞳の凛々しい英雄。白馬よりも、フリージアンホースに乗って勇ましくやってきそうなイメージだ。
フリージアンホースが何かって? 漆黒で筋肉質のギリシャ彫像みたいに美しいって言われている馬。
そんな彼は、ちょっと人気がありすぎて、この図書館に避難してきてるみたい。
今も閉架書庫のドアの手前の特等席に座って、まったりとした時間を堪能中。
昼休みは図書館に来る生徒も少ないから、王寺君がここにいることは、静かに読書を楽しみたい生徒だけの秘密なんだ。
王寺君がいると知られれば、図書館が騒々しくなるからね。
ちなみに僕、由川詩(よしかわうた)は図書委員長。図書館にずっと入り浸っているから、委員長と言う面倒臭い役を引き受けることになったんだけど、決して後悔はしてない。
だって、彼が良く来る昼休みの当番を委員長権限で僕が独占できるんだから!
そんな僕の日課はもちろん王寺君の様子を眺めて目の保養すること。
そのために、王寺君のいる場所の近くにしまう本をしっかり確保。棚に並べるのは図書委員の仕事だし、彼の近くを通ったり、周りでごそごそしてても全然怪しくないからね。本を棚に片づけながら、堂々と横目で彼を眺めることができるんだ。
予鈴が鳴れば、王寺君はもぞもぞと動きだし、突っ伏したまま伸びをする。
そのまま大あくびで顔を上げる仕草が何だか可愛くて、僕は棚に並べられた本の隙間からこっそり観察。
ふと、王寺君が顔を動かした。
「……ん?」
――あ!
僕は慌ててその場に屈みこんだ。
目が合った?
大丈夫、きっと大丈夫なはず。
図書委員になってから一年半、一度としてバレたことないんだし、僕は気配を消す達人なんだから。えっへん。
それにね、見つかったら、彼の落ち着ける空間を奪っちゃうことになるし、絶対ダメ!
僕は胸に本を抱え、屈んだままこそこそと彼から遠ざかった。
さぁ、僕も教室に戻らなきゃ。遅刻したら大変大変。