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​2 席替えを求む

 クラス担任はヤル気の感じられない、ちょい悪オヤジ。
 この担任の所為で僕の席は王寺君と遠いまま。席替えしない主義とか知らないよ、そんなの!
 出席番号順で「お」と「よ」だと、クラスの両端の列なんだ。遠い。ほんっとに遠いんだよ。せっかく同じクラスになれたって言うのに、これじゃ全く意味がない。ちょい悪オヤジを殴ってやりたいぐらいだよ。

 いいんだけどね。
 僕の存在なんてあってないようなものだから、遠くから見るだけでもいいんだけどね。

 本に落としていた視線を上げて、窓の外の景色を見てますよ、というアピールをしながら王寺君の姿をぼんやり視界にいれる。
 窓際に座る王寺君は友達に囲まれて、彫が深めの顔を綻ばせ談笑中。あの笑顔を見ると心がキュンってなる。幸せ。
 ちょっと口元が緩みそうになったのを引き締めると、ガラ、と扉が開いた。

「おーい、由川」

 もーなんだよ。いいところなのに。
 残念ながら僕は廊下側の一番後ろという、声をかけやすい位置にいる。せっかくの目の保養時間を削られることが多いから困りものなんだ。

「なに?」

 ちょっと不機嫌に振り返れば、他のクラスの顔もあんまり知らない奴等だった。しかも一人にはニヤニヤされ、一人には目を反らされ。なんだって言うんだよ。

「呼んだだけだよ。じゃぁな~」

 むっかぁ! なに?! 呼んだだけって何!?
 あぁ、ダメダメ。声を荒げるなんて言語道断。キリキリと拳を握って爆発しそうなのを耐える。
 荒ぶった姿を王寺君に見られたくないからね。冷静に冷静に。
 誰かを呼ぶためとか、用事があるとかじゃなくて、いっつもこんなのばっかり。嫌になっちゃう。
 王寺君の席は僕と横並びで授業中に窺うこともできないから、休み時間は貴重な観賞タイムなんだよ。邪魔しないでよね。
 それもこれも、全部席替えしないあのちょい悪ジジイの所為だ!

「うーた」

 悶々としたまま授業を受け、放課後になれば、また廊下から声がかかる。でも僕を下の名前で呼ぶのは一人しかいない。幼馴染の馳進一郎(はせしんいちろう)、しんちゃんだ。
 幼馴染だから、見慣れてる顔なんだけど、しんちゃんもそこそこな男前。ちょっと天然茶髪で軟派に見えるけど、真面目なスポーツマンだよ。王寺君には負けるけどね!

「しんちゃん、どしたの?」
「どしたのって、そっちこそなんだ、その不機嫌そうな顔」
「まぁ。いつもの事だよね。この席からいつか解放されたいって思ってるだけ」
「あぁー、おまえの場合はそれだけじゃないんだけどな」

 そう言って僕の顔をジーっと見てくるしんちゃん。何かついてる?
 自分の顔をペタペタと触ってみるけど、顔のパーツ以外に特に何もついてない。

「なになに?」
「知らない方がいいこともあるんだよ。おまえの事は俺が知ってたら十分」
「ふーん。なんか腑に落ちないけど、まぁいいや」
「おっし、帰るぞー」
「はーい」

 図書館に籠りっきりな所為か、僕にはこれと言った友達はいないんだよね。唯一いるのがしんちゃん。
 幼馴染ってとっても気楽でいい。しんちゃんは僕がちょっとしたストーカー気質なことも分かってくれてるから、ちゃんと危なくなったら注意してくれるんだ。

 待たせないように鞄の中にせっせと教科書類を詰める。
 帰宅準備を整えて、しんちゃんを見ると、しんちゃんは窓の方をじっと見てた。僕がしんちゃんの方を向いていることも気付かないくらい、集中してた。と言うか何かを睨んでる?

「しんちゃん?」

 声をかけながら、しんちゃんの視線の先にあるものを確認しようとすると、急に振り向いたしんちゃんが僕の腕を掴んだ。

「ほら行くぞ」
「はーい」

 結局何を見ていたのか確認することなく、しんちゃんに引っ張られ、僕は帰路に就いた。

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