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​4 眼中にありません

「うたー。また今日はどした?」

 僕が机に頬を押し付けつつ溜息をついていると、しんちゃんが僕の顔を覗いてきた。

「しんちゃーん。うぅ、聞いてよ。見てるのバレちゃったの、王寺君に」
「……あー、そういうことか」
「で、でも、僕だってことはバレてないと思うんだ。僕ちゃんと隠れてたし。でも警戒してるかもしれないから、当分近づけないぃー。うぅ」
「…………」

 しんちゃんは何か言いたげな目をしていたけど、溜息をつくと僕の頭をポンポンと叩いた。

「気にすんなって。二、三日すれば元に戻るだろ」
「そうかな……?」

 週末も含めたら約五日間王寺君の顔をみられなくなっちゃうけど、しょうがないか。

「そういやさ、詩ってなんであいつのこと好きなの?」
「す、すす好き? べ、別に好きとかじゃないし……。ただ、カッコいいなって思ってるだけだよ」
「そんな分かりやすい態度取ってるくせに好きじゃないとか、どの口が言うんだよ」
「だって、王寺君どう考えてもリア充だし、そんな思いを抱くことさえ恐れ多いよ! 根暗なヒキコモリな僕がさ」
「ストーカーだもんな。外見はともかく」
「しょうがないよ、王寺君は僕にとって麻薬みたいなものなの。見るたびにすっごいふわーってして、ほわーってして、すごく気持ちよくなっちゃうんだから」
「……はいはい。わかってるから、おまえが恋してるなんざ、とっくの昔に分かってるよ」
「こ、恋……?」
 
 そ、そんな、僕が……恋してるって……?

 僕はしんちゃんにそう言われてから、何も手がつかなくなってしまった。
 王寺君の顔を思い浮かべると、胸がキュって締め付けられて、ドキドキと動悸が激しくなるんだ。
 しんちゃんに言われるまでこんなことなかったのに、きっと意識しちゃったんだ。しんちゃんのバカ! そっとしておいてくれたらよかったのに!
 それは週明けの昼休みになっても、収まらなかった。
 王寺君の顔を五日も見れなくて、今日を楽しみにしていたのに、僕は特等席で王寺君の顔を見ることもなく、本を抱きしめて立ち尽くしていた。
 思い浮かべるだけで顔が熱くなって、心臓が破裂しそうなのに、実物を見れるわけがない!
 でも……み、見たい……。
 僕は薄目を開けて、そっと本の隙間から覗き込んだ。

「うっ……」

 眩しいっ!
 柔らかい日差しの中、眠る王子様……はぁ、美しいよぉ……。
 心臓がとんでもなく早鐘を打って、しかも、王寺君の姿が眩しくて、僕は眩暈を起こしそうだった。
 じっと見ていられるわけもなく、すぐに本の陰に隠れ、僕は溜息をついた。
 そわそわして落ち着かなくて、手に持った本を片づける場所をウロウロと探す。

「由川?」

 

 えっ、
 ええええええ?!
 
 声に反応して振り返ると、そこには王子様が……!
 僕は余りの事に固まってしまった。
 王寺君が僕の名前呼んでる……。天に上りそう……。

「あ、あのさ、俺、同じクラスの王寺って言うんだけど……」
 もちろん知ってるよ。知りすぎてるぐらいだよ。なんで自己紹介なんてするの?
 それよりも、バレた? 見てるのバレた?
 僕の頭の中はパニック状態だ。 
「わ、わり。さっきまでここに誰かいなかった……よな?」

 え? え? どういうこと?
 僕いるけど、他に誰かいたってこと?
 緊張しすぎて、ピクリとも動けず、声も出せず、ずっと固まっていると、王寺君がすごく困った顔をしてしまった。
 王寺君にこんな顔させるとか、僕何してるのぉ!?
 ああ、でも困った顔もすっごい好きぃ……!

「い、いや、俺、そこで昼寝させてもらってるんだけど、なんか最近、見られてる気がして。由川なわけないし……、気のせいだよな」

 僕なわけがない?
 えっと、それは、僕は眼中になく、もっと可愛い後輩が覗いてて、

『おまえが俺のこと見てたのか』
『あっ……先輩!! あ、あの、僕、ずっと先輩の事が好きで……』

 みたいな展開を狙ってたのか――っ!
 そこに僕がいたから誤魔化してるんだ! 絶対そうだ! どうせ、どうせ僕なんて、根暗でヒキコモリだよ!
 余りのショックに王寺君の顔を見ていられなくて顔を逸らし、泣き叫びたい気持ちを抑えるために本棚にコトンと本をしまった。
 そんな僕に愛想を尽かすのは当たり前だ。

「ごめんな。今の忘れて」

 と、王寺君は去って行ってしまった。

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